2本目は、前回の『ほしとんで』とはまた一味違ったこじらせ高校生たちによる自称”名著礼賛ギャク”『バーナード嬢曰く。』をご紹介。
実は第18回手塚治虫文化賞短編賞を受賞していたりアニメ化もされたりしている作品で、「マイナーめの作品を中心に」という本ブログのコンセプトからはいきなり外れそうになっている。
でも「そのうち取り上げたいなー」という気持ちで読み返したら語りたくなってきたので遠慮なくやらせてもらうことにしました。「好きな作品を好きなように語る」が重要なので。
それでは今回もお付き合いください。
『バーナード嬢曰く。』のここが好き
- 読書を通じて自らの感性と向き合っていく若者たち
- 高校生4人の自意識過剰な青春の日々
- 選書や幕間コラムに表れる作者・施川ユウキの感性の魅力
基本情報
あらすじ
本を読まずに読んだコトにしたいグータラ読書家“バーナード嬢”と、読書好きな友人たちが図書室で過ごすブンガクな日々──。
古今東西あらゆる本への愛と、「読書家あるある」に満ちた“名著礼賛”ギャグがここに誕生!!
REXコミックス『バーナード嬢曰く。』への大絶賛・大共感の声多数につき、いよいよ連載開始です!
一迅社・作品紹介ページより引用
※最新7巻が2024年1月に発売されていますが、出たばかりでまだしっかり読み込めていないので本記事では主に6巻までの内容を対象に語ります。
読んだきっかけ
大学生時代に読んだ『BRUTUS』の読書特集回に載っていたのをみたのが最初の出会いだったはず。単行本だと2巻に収録されている2ページマンガ。
具体的にどこに惹かれたのかは覚えていないが、とにかく印象に残っていた。そのあと2巻が発売されたあたりでSNSでもちょっと話題になり、紙の本で買った。
3巻からは電子版に切り替えて最初に買った1巻・2巻も手放してしまったけど、毎回新刊は楽しみにしている。
ここ好きポイントその1:読書を通じて自らの感性と向き合っていく若者たち
本作の主人公は4人の高校生たち。好みやスタンスの違いはあれど、みんななんだかんだで本や読書が好き。作中では彼らが(主に図書室を舞台に)本にまつわる雑談を繰り広げる、というのが基本フォーマットになっている。
町田さわ子
タイトルになっている「バーナード嬢」とは彼女のこと。4人の中では読書に対して一番いい加減かつミーハーなスタンスでよく怒られている。
しかしその自由さが他の3人に新しい視点を与えることも多く、特に神林にとっては話が進むごとに大きな存在になっている。
※作中でもネタになっているが、町田さわ子は「町田さわ子」とフルネームで呼ぶのがしっくりくる。なんでだろう?
遠藤
登場人物唯一の男子。黒一点? 図書室で「声かけられ待ち」の町田さわ子に彼が興味を覚えたところか本作はスタートした。
好きな作家は安部公房。他にはカフカとかカミュドストエフスキーとか。「ベストセラーをあえて過去になるまで待ってから読む」というめんどくさい嗜癖持ち。
ひねくれていて、なおかつ自分がひねくれていることを自覚しているという、サブカル系男子高校生の共感性羞恥をバリバリに刺激する存在。
長谷川スミカ
図書委員。ひねくれ遠藤くんに恋する女子。10年来のシャーロキアン(シャーロック・ホームズシリーズのファン)。
4人の中では比較的常識人だが、遠藤くんに恋する女の子が普通であるはずがなく、ときおり気持ち悪い言動を見せる。でもそこが良い。
神林しおり
SF好き女子。一番ストイックな読書家。多分に漏れず面倒くさい性格。
実は4人の中では登場が一番遅く2話からなのだが、町田さわ子とのペアですっかり作品を代表する中心キャラになった。ある種真の主人公とも言える存在。
それぞれの「好き」が作る自分だけの感性
4人はみんな成長途上の高校生。様々な作品に触れ、ポジティブな感情もネガティブな感情も喚起されながら「自分の感性=なにが好きか、どんなものごとに心動かされるか」を磨き上げていく。
「10代で口ずさんだ歌を人は一生口ずさむ*1」とも言われる。それはきっと読書だって同じこと。多感な中高生年代に触れた物語がその後の人格を作っていくというのはよくわかる。
例えば作中だと、こういう「自分の中の何かに刺さった!」というエピソードが語られている。いずれも熱い気持ちが伝わってくる。
藤田祥平『手を伸ばせ、そしてコマンドを入力しろ』にクリティカルヒットをくらった遠藤くん
「読み終わった直後は傑作だと感じて、でもそう思っているのは自分だけなんじゃないかという不安感」←とてもわかる。
それに対して「明日になって今の感動が失われるとしたら 尚更今のうちに言葉にしとくべきだろ」と語る神林。良いこと言うよな。
齋藤智裕(水嶋ヒロ)『KAGEROU』について熱く語る神林
俳優の水嶋ヒロが本名の名義で発表した小説。第5回ポプラ社小説大賞を受賞した際は今で言う忖度や思惑があって適正な選考がなされなかったのではないかと言う疑惑が物議を醸した。
まだ読んでいないが、神林(というか作者?)にこれだけ言わせる作品は正直気になる。2024年2月現在、次回作はまだ出ていない。
遠藤くん・長谷川さん・町田さわ子の3人がブッツァーティ『タタール人の砂漠』の感想を語りあう
同じ小説に対しても抱く感想・解釈は三者三様。異なる考え方がぶつかるからこそ彼らの世界は広がっていく。
アゴダ・クリストフ『悪童日記』の続編を断固拒絶する長谷川さん
公式との解釈違い。だって自分の感性はそっちの方が良いと思ってしまったのだから。
つまりこういうことなんですよ。
ここ好きポイントその2:高校生4人の自意識過剰な青春の日々
「作品と読者」の関係と同等以上に本作の軸となっているのが高校生4人の青春人間模様。
特に何気ない日々を通じて深まっていく「神林×町田さわ子」「長谷川さん×遠藤くん」の2組の関係がなんとも言えず「あはれ」である。
友情のようなそれ以上であるような:神林×町田さわ子
町田さわ子と神林しおりとの、友情とも恋情とも言い切れない関係性がエモい。高校生の「親友」の距離感。
高校を卒業をした後も続くかもしれないし、自然と疎遠になってしまうかもしれないけれど、高校時代を振り返った時には確かにそこにいて、今の自分を形作る大きな要素となったと確信
できる人間関係としての「友だち」。胸がぎゅっとしちゃいますね。
個人的に一番好きなのが4巻収録【渚にて】のエピソード
大した理由もなく電車を乗り過ごして学校をサボってしまった神林。行き着いたのは海近くの駅。冬の砂浜に座り込み、ネヴィル・シュート『渚にて』を読む。
平日午前の一人きり。ふと見えた人影に対して「もしここにアイツ(町田さわ子)がいたら……」と考え出す神林。想像の中の二人は寒空の浜辺を歩きながら「海が出てくる小説」を挙げあう。
きっとなにげない、でも将来の自分にとって青春の1ページになりそうな瞬間を町田さわ子と共有したい。そう思ってしまう神林の気持ちがエモーショナルなのです。
若干のSF感もあるエピソードは5巻収録【デジャヴ】から。
町の図書館でのテスト勉強帰りの二人。見上げれば雲間から光が差す、いわゆる天使のはしご。
目の前の景色が存在しない思い出と混ざり合って現実感が失われていっても、それでも世界に君と私がいるなら構わない。
セカイ系のテイストも感じるが、湧き上がるエモさは抑えきれない……。
バーナード嬢曰く。【友情篇】
主人公・町田さわ子(バーナード嬢)とその怒れる親友・神林しおりが登場するエピソードをまとめた選り抜き傑作選? これを読めば、二人のことがもっと好きになること間違いなし!!
Amazon紹介ページより
この記事を書くために調べていたら、なんと二人の友情にフィーチャーした傑作選が作られていた。しかも電子版無料(2024年2月現在)。ぜひこの機会に!
そういう感性をしているあなたが好き:長谷川さん×遠藤くん
「神林×町田さわ子」と比べるとストレートに「遠藤くんに恋する長谷川さん」として描写されているこちらの二人。感情の矢印も当初は「長谷川さん→遠藤さん」だけだったけれど、最近は「遠藤さん→長谷川さん」っぽい矢印も見えてきていて良き。
終業式で人の来ない図書室。図書委員の長谷川さんは他に人がいないのを良いことに自由なスタイルでの読書(机の下)を楽しんでしまう。そこに遠藤くんがやってきて……。
人生は一期一会。なにげないことであっても、ふとした瞬間にその貴重さに気づいて胸にくることありますよね。
図書委員の仕事。ちょっとした失敗もあり下校が遅くなってしまった長谷川さんがバス停に行くと遠藤くんが本を読みながらバスを待っていた。
バスの中でレイモンド・カーヴァー『大聖堂』で描かれた「善」について語る二人。話はやがて「本人のいないところで友達を褒めるという善」に膨らんでいく。
降りようとする長谷川さんと遠藤くんが呼びとめ……。
うんうん、遠藤くん。気持ちを自分でも言葉にできていなかったんだな。でもこのタイミングで長谷川さんに何か言いたかったんだな。……青春!
もちろん「2人×2組」だけでなく、4人全員や違った二人の組み合わせとしてのエピソードもある。これらももちろん良い。
おまけ:終わらない高校生活のノスタルジア
一方で少しうがった見方もしてみると「登場人物がほぼこの4人しか出てこないこと」にも意味を見出してしまいたくなる。
作中で4人の内発的な成長に伴って距離感が少しずつ変わることはあっても、彼らの人間関係のバランスを否応なしに変えてしまうような「5人目」はずっと出てこない。ある種の安定の中に彼らはいる。
それは本作が「本や読書を題材にとったギャクマンガ」として連載を続けるために必要な条件であるわけだが、「理想化された高校生活のシミュレーションの中」にずっといると解釈することもできるかもしれない。
そう考えると、本作には神林が好きな「SF的なメタフィクションの仕掛け」が施されていると言えなくもない、のかもしれない(たぶん考えすぎ)。
ここ好きポイントその3:選書や幕間コラムに表れる作者・施川ユウキの感性の魅力
コラムから垣間見える作者の人間性
単行本には幕間のページに作者のエッセイがコラムとして挿入されている。加えて巻末にはあとがきもある。実はここも好き。「作品世界の語り手」としてではない作者の声を聞けるのは楽しい。
この記事を書くために読み返していたら、まさに「ここ好きポイントその1」で語っていたようなことに言及している箇所があった。
(前略)読書の記憶を掘り起こすと、自分の「好きなもの」が何に育てられたのか、よくわかる。SFやミステリーや怪奇、不穏なもの不謹慎なもの、笑うことの謎。何もかもが、驚く程今の自分に繋がっている。この間、人にコンビネーション遊具の魅力を熱弁したことがあった。コンビネーション遊具とは、ジャングルジムや滑り台や、曲がりくねったパイプ状のスロープ等を組み合わせた遊具だ。普通に公園や子供向け施設にある。カラフルで、複雑で、それは巨大なモンスターの骨や内臓のようにも見える。貪欲に遊具を取り込んだキメラ的グロテスクさもあって、つまりは「合成」の魅力に溢れている。細かい嗜好まで、古い読書体験が影響しているのだ。この揺るぎなさ。
1巻【あとがき】p126より
自分の感性・嗜好を言葉にして語れる人はそう多くない。自分と向き合ってきたからこそ当てはまる言葉を見つけられるのだと思う。
作風通りと言ったら失礼かもしれないが、作者も色々とひねくれていたり、屈折した感情を持ちながら成長してきたようだ。2巻収録のコラムにこのようなエピソードが語られている。
(前略)そのころ僕は専門学生をしていたのだけど、学校へはほとんど行かず、友達もなく、深夜のコンビニで一人バイトをしながら漫画家になりたいと日々ぼんやり夢想していた。そんな僕にとって、「告別」(引用者注:当時農学校の教師をしていた宮沢賢治がある生徒に向けてつづった詩)はまさに自分に向けられた詩だった。
この詩が収録された詩集を買い、目当ての箇所に付箋を貼って、カバンに入れて持ち歩いた。そして周囲の若者たちが青春を謳歌しているのを横目に、「告別」を繰り返し読み、孤独な自分をひたすら慰めていた。
(中略)
結果、画力のつたない漫画家になってしまったのだけれど、青春を賭して育んだダメさが、本作のようなマンガに結実していると考えれば、そんな過去もアレでよかったんじゃないかと振り返ることができる。人生はなるようにしかならないのだ。
2巻コラム【宮沢賢治②】p24より
漫画家として生計を立てられるようになった今だからこそこのように前向きに総括できるという側面はあるだろう。それでもこのエピソードは個人的に染み入るものがあった。
ちなみに作者の別作品だと『銀河の死なない子供たちへ(上・下)』も実は買っているのだけれど、最初の数ページだけでまだ読んでいない。積ん読熟成中?
「どの本を取り上げるか」センスのある人の選書は楽しい
そもそも本編で取り上げられる本のチョイス(選書)が作者のセンスの賜物だ。
古い本も新しい本も、名作古典も最近の流行り本も取り上げ、どれも面白そうに感じられる。こういう本を選ぶ人と話をしてみたくなる。
作中で紹介されて気になった本・実際に読んだ本がいくつもある。
レイモンド・F ・ジョーンズ『合成怪物の逆しゅう』
気になってわざわざ地元の図書館の児童書コーナーに行って読んだ。最近は図書館も滅多に行かないし、その中でも児童書コーナーに寄り付くこともないが、そうした行動に自分を駆り立たせる引力がこの本とレビューにあったと思うと新鮮な体験だった。
ミヒャエル・エンデ『モモ』
古典的名作だが、これまで読んだことがなかった。このエピソードをきっかけに自分でも手に取って読んでみた。
ハーマン・メルヴィル『白鯨』
興味が出て大学図書館で借りてみたけれど、結局その時は気分に合わずにほとんど読まずに返してしまった。上・中・下で長かったし。いまなら落ち着いてじっくり読めるのかな?
アンナ・カヴァン『氷』
これはまだ読んでいないやつ。作中で読んでいるシチュエーション含めて神秘的で良い。気になる。
J・G・バラード『ハイライズ』
たびたび言及される神林のお気に入り。そんなに推すなんてどんな内容なのか気になる。ちなみに表紙は新版の方が好みです(版元も変わってたのか)。
番外編:その他のここ好きポイント
小粒だけとどうしても触れておきたかったエピソードをおまけで紹介。
しおり代わりの1ドル札
適当なものをしおり代わりにして、時間が経つとそれが思い出になるのわかる。現地紙幣をしおり代わりにするのも正直憧れる。
自分の場合、最近だと本の帯をそのまましおりにしてしまうことが多い。昔はレシートをしおりにすることもあり、開くたびに「いつどこで買ったのか」が思い起こされてよかった。「いまは閉店してしまった小さい書店のレシート」だと思い出も一層である。
フィジェットキューブ
読んだ時から気になっていた。
最初は「お店でそれっぽいもの見かけたら買ってみるのも良いかもな」程度だったのだけれど、何度も読み直しているうちにどうしても欲しくなり、最終的にAmazonでわざわざ探してポチってしまった。
たまに手に取ってぽちぽちしている。こういう小物系はあまり増やしたくないタイプだけれど、これに関しては良い買い物をしたと満足している。
さいごに
改めて語ろうとしてみると思った以上の分量になって驚いた。ここ好きポイントその1(感性を磨く)などは今回記事にまとめようとしたおかげで自覚できた観点だったと思う。記事にするために向き合ってよかった点。
6巻から2年以上空いてしまっており、フェードアウトもありうるタイプの作品だけにいつ終わってしまうか不安だった(本誌で連載を追えば良いのだろうけど、基本的にはやはり単行本派)。無事に7巻が出て大変嬉しい。
このブログも不定期に細長く続けていきたいものです。それではまた次回。